文化・芸術

琵琶についての勝手な連想

琵琶の元祖は琴ではないかと思う。

西域の騎馬民族が琴を馬上で演奏できるように改良した。それが琵琶なのでは?
だから携帯に便利なようにちょっと無理して薄型にしたために共鳴箱が小さくなった?

夜光の美酒 葡萄の杯
飲まんと欲すれば 琵琶馬上に催す
酔うて沙上に臥すとも 君嗤うことなかれ
古来征戦幾人か帰る
(唐詩・王 翰)

がその論拠。

時にアポロンの竪琴はその後どうなったのだろうか?


パンの吹いていた笛は発展して雅楽にも残っていたと思う。 笙?

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屋形船

まつ乃家さんのお陰で、初めて屋形船に乗りました。楽しい体験でした。

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中はこんな感じ。総勢42名(客)+9名(芸者さん)。

二人の半玉に囲まれて、女性客も大喜び。場所はデッキ、屋根の上、というか船の屋上。だから実は船は屋根の形をしていなくて、屋形船ならぬビル型船。

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ご存知栄太朗さん。素晴らしい着物。刺繍です。

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芸者衆全員が踊る。なんて言うんだっけ?

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後ろに座っていた美人のお客さん。あまりに綺麗なのでお願いして撮らせてもらった。名前聞いたんだけど見当たらず。女優さんでは?

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あだ吉さんは所作が美しい。日本舞踊の素養が深いからだと思う。着物の柄はホタル。多分オスとメス。

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パリコレ飛び込み

凄い人がいるものだ。あげ羽さん。怪しげな所もあるが、圧巻はパリコレ。ふらりと見物に行って、そのままショウの舞台に立ってしまう。詳しくは先ほどの「パリコレのときのアルバム」をご参照いただくとして、お時間のない方のために簡単に抜粋・紹介すると、

先ず素顔(自称)のご本人
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それがこんな格好で始めての(多分)パリを闊歩する。着物は古着を自分で染めた。デザインもご自分だろう。並みの才能ではない。

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こりゃ目立つは。

そして」その格好で裾をからげて地下鉄に乗る。

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そして迷い迷い、パリコレの会場に着く。そこでデザイナー夫婦に声を掛けられる。「その衣装でステージに出ないか?」

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彼女、迷うが出演を決意する。当然だが、勇気が要ったことだろう。

で、パリコレ会場。
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彼女登場。

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終って、これがパリコレの楽屋。滅多に見られない。
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ほっとして会場を後に、パリの街を散策。

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なお、彼女は芸者もしている。大森まつ乃屋所属。

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芸者置屋・まつ乃屋新年会

先日、大森の芸者置屋、まつ乃家まりこさんの主催する新年会に参加することが出来ました。貴重な体験でした。

先ず会場は大森の[だら毛」

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 開場直後なのでまだ人気がない。

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まりこ姐さんのご挨拶。出演の芸者衆は10名。

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 宴席はこんな感じ。踊りの合間には芸者衆がお酌をしてくれる。

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踊りの名前は忘れました。

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 美人ですねえ。凄みがある。妖艶とはこのことか?(実は男性)

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 これは「おてもやん」を踊っている所だったろうか?踊るのはまりこ姉さんのお子さん。半玉。その着ている着物はまりこ姐さんが成人式の時に着たものらしい。

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そして閉めのご挨拶。この後二次会があるのだが私は遠方参加なのでここで失礼した。

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感想

1.全てのものに統一した「美の基準」を感じる。
私はヨーロッパの町は美しいのに何故現代日本の町が醜いのかをずっと考えていた。そして最近それは日本の街に「統一した美の基準」がなく、無秩序 に異なる美の基準で建てられた建物が混在しているからだろうと思うようになった。一つ一つの建物は美しくても、その美しさが違えば、漫然とそれらを集めて も、美しい町にはならずに、雑然とした醜い町になってしまう。
そこへ行くと、この芸者衆を取り巻くものはすべて美の基準が統一されている。全く同じ好みに基づいて作られている。それが整然とした美しさを醸し出しているのだ。その美しさは必ずしも私が好きな美しさではないが、それでもなお、観る者を感動させる力がある。

2.絶滅危惧種
真に残念なことに、これは滅び行く者の美しさだ。これだけ統一した美の世界を滅ぼしてはならないと強く思った。これはやはり誇るべき日本文化の一 端を担うもので、後世に大事に残して行く価値のあるものだ。しかし、このままでは亡びてしまう可能性が高い。まりこ姐さんもきっとそれを恐れて色々な試み をしているのに違いない。

3.どうやって残すか?
(1)私は何人かの外国人の友人がいる。この新年会に行く前に一部の友人にその話をしてみた。一緒に来たかったようだが、「畳みに座る」と聞いて 恐れをなして諦めた。だら毛もいいが、何時か椅子席でみられるような企画を立ててみていただければ、私も外国の友人を誘えるのだが。そしてハトバスに売り 込むのはどうだろう。結構客は集まりそうな気がする。

(2)両国の大江戸博物館に芸者コーナーを設ける。

(3)展示会にコンパニオンが派遣されて客寄せをしている。製品によっては芸者さんをつければ効果がありはしないだろうか?

4.屋形船
夏には屋形船の催しがあるらしい。是非一度行ってみたいと思う。江戸情緒に浸ることができそうだ。

追記
後で聞いたところでは、4月4日に椅子席で「まつ乃屋おどり」を予定しているとのこと、私は外人の友人と参加するつもり。

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田淵俊夫展

広告を見てちょっと気になり、時間もあったので見てきました。

作者は東京芸大の教授で副学長、その退官記念らしい。平山郁夫に師事、と書いてある。

フ~ン、これが今の日本画の主流か?

流石は先生。細かく描いている。その執念、緊張感の持続、そして技巧の巧みさ、は素晴らしい。詩情もあるし、欠点はない。しかし、私のようなつむじ曲がりには、欠点のない完成された美しさと言うものは退屈なんだよね。

とても買える値段ではないのだろうが、お金があっても、買って家に飾ろうとは思わないだろう。

1月18日まで。

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ゴスペル・ジャズ

先日ゴスペル・ジャズを聴きに行きました。近くのキリスト福音協会主催。

構成は8人。白人が一人。東洋人が一人、あとの6人は黒い。(東洋人は日本人加藤カズと判明) ドラムス、キーボード(日本人)、エレキギター二人、サックス(ロン・ブラウン)、ヴォーカル三人。ヴォーカルの内二人が女性。

聴きながら色々なことを考えた。

1.ジャズの発祥はひょっとしてゴスペルではないのか。奴隷がキリスト教会に辛い日常生活からの救いを求めて、手近なヨーロッパ伝来の楽器を使って、アフリカのメロ ディで、イエスを讃えだした。そう思って見ると、なにやらジャズ誕生の現場に立ち会っているような感慨を覚えた。「素朴」と見える信仰心が美しい。(ジャ ズの歴史を調べてみたがゴスペルとの関連を指摘した資料には行き当たらなかった。私の思い違いかもしれない)

演奏者の何人かが、キリスト教に出会うまでの自分の悲惨な人生を語る。前科者、自殺未遂、麻薬、等々。何処まで本当なのかは分からないが感動的である。

2.ドラム奏者は何故一人なのか?和太鼓を見た直後ではこれが不思議だった。しかし、即興的な演奏が多いのだろうし、ドラムの種類も多い。二人以上で演奏すると音を合わせるのが格段に難しくなるのかもしれない。

3.サックスもギターもコードが付いていない。最近はこれもワイアレスなのだろう。サックスが客席に下りてきたときに見ると、やはり小さなマイクが付いていた。(コードはない)

4.これも宗教音楽だが、バッハとは全く違う。しかし、確かな信仰心を感じるのは何故だろうか。良く分からないが、音楽形式を超えたものがあるのだろう。

しかし、彼らの信仰心とイスラム過激派の信仰心と一体何処が違うのか?彼らは機関銃を抱え、こちらは楽器を抱えている。しかし、バッハとアフリカ 系アメリカ人の信仰心に共通点があるのだとすれば、彼らとイスラム過激派、ユダヤ教過激派にも「信仰心」と言う共通なものが流れているに違いない。信じる 神が違うだけで、信じる心は同じなのではないか?

5.途中でにわかに教会の牧師が出てきてお説教。これは退屈だった。信仰を音楽で表せば素晴らしいのに、言葉にすると途端に陳腐で詰まらなくなる。何故なのだろう?

6.同じ会場で、パッチワーク展をやっていた。なかなかの出来。室伏文子氏。

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和太鼓とOKI

アムネスティ世界人権宣言60周年記念コンサートに行ってきました。

何処かで見た人だなと思ったらイーデス・ハンソンさんでした。そう言えば彼女はここの特別顧問でした。

和太鼓は何故か心を揺さぶられます。1995年に収録されたDVDで、座長をしていた女性が出演していたのには驚きました。しかも演奏を仕切っていました。

一緒に演奏された樺太アイヌの伝統楽器、トンコリ 

私はこれを聴いてみたかったのですが、ガッカリでした。

1.トンコリがエレキギターになっていたのです。しかもハードロックのような大音響。樺太アイヌがエレキを使っていたのですか?と嫌味を言いたくなりました。太鼓の音に負けたくなかったのかもしれませんが。

2.演奏者がアイヌ語を喋るのですが、私はこれはカタカナで覚えたアイヌ語で、耳から覚えたアイヌ語ではないのでは、と思いました。母音と子音の 発音がまるで日本語なのです。外国語は難しいものですが特に発音が難しい。日本語にない母音と子音が発音できないのです。聞き取ることも難しい。日本語と 同じ発音の外国語があるとは信じられません。同じ日本語でも万葉時代の発音が現代日本語とかなり違うことは色々な人が指摘しています。アイヌ語の発音が日 本語の発音と全く同じとは信じられません。

3.曲はアイヌのものだと言うことで、単調な繰り返しが多いところなどはそうかなと思いましたが。

今度何時か、本当のアイヌの音楽を聞いてみたくなりました。口琴が聴けるのかと早合点した私の誤りでした。あれはムックリだったようです。

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レオナール藤田展

上野の森美術館でやっているレオナール藤田展に行ってきました。藤田嗣治(1886~1968)と言った方が分かりやすいと思います。日本を追われて晩年カソリックに入信するとともに、フランスに帰化したのでレオナール藤田になったようです。

日本の特徴を生かした画風で名をあげました。エコール・ド・パリ時代の有名なモデル「キキ・ド・モンパルナス」を使った画があるのに驚きました。特に美人とは思いませんから、きっと姓格を愛されたのでしょう。

画家としては超一流ではないのでしょうが、大変な努力と技術ですね。

白が有名なのです。「フジタの白」と言われました。卵白を使っていたと言う説をどこかで読みました。その所為か、ひび割れが出ています。

晩年には後援者の支援を受けて小さな教会を建てました。大変美しい教会です。奥さんは4人。内3人はフランス人だったようですが、最後の1人は日本人。

戦争中にフランスから日本に帰国し、生活のためでしょう、戦争画を描いたために、戦後左翼から袋叩きにあい、そのため日本にいられなくなりました。今回の展覧会には問題の戦争画は出ていません。 (見てみたかったのですが)

毎日12時間以上画室に籠って画を描いていたそうです。凄い精進ですね。

でも裸体画が多いと言うことはモデルと二人で籠っていたのでは?

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ピカソ展

現在ピカソ展は六本木のサントリー美術館と国立新美術館とで並行してい開かれています。いずれも、12月14日まで。

今日、両方行ってきました。

国立新美術館はきれいな建物だが、建築費は法外だったろう。税金だから良いのか?黒川紀章設計。

実は私はピカソが好きでない。しかしこれだけ有名な画家が嫌いとなると、嫌う方が間違っている恐れがある。それで本物を沢山見て、自分の感覚が確かなのかどうかを確認したかった。それが見に行った主な理由。

そして、見終わって、やはり嫌いだ。

1.絵は上手い。達者過ぎる程上手い。技術は素晴らしい。
2.エネルギッシュである。愛人が二人も死んでいるのは偶然ではあるまい。絶倫だったのだろう。

褒めるのはここまで。以下悪口。

3.彼の絵を見て愉快になる人がいれば異常だろう。楽しい絵ではない。心に突き刺さる、あるいは心を逆なでするような絵だ。私は見ていて不愉快に なる。彼の絵を自分の部屋や事務室に掛ける人の気が知れない。高い絵を持っていることを自慢したければ、一万円札を額縁に入れて飾っておけばよろしい。

4.彼は大変商才に恵まれていたように思う。これだけ画風を変えられたのは、これもまた一種の才能で、それはそれで大したものだが、その動機の一つに商人としての才覚を感じるのは私の僻みか。

5.彼が天才であったことは疑いない。しかし現在の値段は異常であると思う。何故こんな法外な値段が付くのか?私には、デリバティブ以上の謎だ。

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ハンマースホーイ展

上野の国立西洋美術館でハンマースホーイ展をやっているので行ってきました。不思議な絵でした。

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後ろ向きのモデルは多分奥さん(若い頃は正面からの絵も描いている。それによるとあまり美人ではない)。奥さんが顔を描かれるのを嫌がったのか、自分が書きたくなかったのか?でも充分に美しい後姿。

静かな室内。観光地を描いても、観光客は一切描かない。

時々、ピアノの脚や椅子の脚を1本だけ描かなかったりする。意味は分からない。あるいは邪魔だ、騒がしい、と思ったのかもしれない。

多分恐ろしく偏屈な人だったのだろう。世渡りの下手そうな。でも、死ぬ前に展覧会の審査員になっているから評価はされていたようだ。あまり幸せそうに見えない奥さんのために喜ばしい。

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