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偉い人がいた

感心。偉い人がいたもんだ。
しかし、63歳でなくなるとは、惜しいことをした。

インドネシア、ヴェトナム、ミャンマー、スリランカで活躍した国際NGOの活動報告だが、主たる活動地域はミャンマーである。

先ず彼の立ち上げたNGOはBridge Asia Japan(BAJ)。
http://www.baj-npo.org/
活躍地域はミャンマー北西部のラカイン州。ここは隣国バングラデシュと国境を接しており、同国からの難民(イスラム教徒)は不法入国者としてミャンマー国民とみなされていない(IDカードもパスポートも取得できない)。

1994年、インドネシアで活動を開始した著者は、UNHCR(国連の難民支援機関)  http://www.japanforunhcr.org/ が、ミャンマーで活動するNGOを探していると言う話を聞く。これに応えてラカイン州マウ ンドーを本拠地として、自動車修理、ボートの補修を開始する。そのために修理工場・技術センターを建設、1995年に完成した技術センターで帰還難民や地 元青年への技術訓練を開始する。

1995年から97年に郵政省からの寄付金で、村人に大工仕事や左官仕事を教えながら、当地で初めての鉄筋コンクリート製小学校を建設。

1998年、村人の協力を得て、鉄筋コンクリート製の橋を作った。建設現場の訓練生にはわざと異なる民族を集めて民族の融和を狙った。このようにしてBAJは2008年末までに213本の橋を作った。

2001年、ラカイン州シトウェにBAJ技術訓練学校を開設、自動車整備、電気修理、溶接の3コース。従来の理論中心でなく実技に重点を置いた訓練を行った。

2004年に卒業生を調査し、その要望に応えて、学校敷地内に修理工場を作って外部からの注文を受けられるようにした。この学校は2007年に国境地域開発省に引き継いだ。それまでの5年半に485人が卒業した。

1999年には、技術センター内に女性のための裁縫技術訓練コースを開いて、地域の女性リーダー育成を狙った。イスラム教徒と仏教徒を同じクラス に入れた。このコースを卒業した女性は1800人以上。ミシンでなく、日本の小中学校で使った裁縫箱を寄付してもらい、これを使った。寄付された裁縫箱は 2700セット。
2005年から、ミャンマー人女性スタッフによる「家族の健康と情報交流コース」を開いた。

1998年、ミャンマー政府から、マンダレー管区の中央乾燥地域で井戸を掘ってくれと言う依頼が来た。そこは殆ど仏教徒で、帯水層は地下 200~300メートルである。最初の井戸はマンダレー管区ニャンウー郡ニャントゥ村。その後9年間でBAJは100本の井戸を掘り、135本の井戸を修 理した。

BAJは現在東京に1、ミャンマーに8、ヴェトナムに2、の事務所を持っている。日本人スタッフ13名、現地人スタッフ159名、計172名である。

2004年から、UNCHRの要請でカレン州、モン州の生活用水供給事業にも協力している。

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