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2009年3月

ミャンマー カンペレ村 その7(完)

バガン

今晩は操り人形劇を見ます。劇とは言いますが人形を動かして見せるだけで筋はありません。
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踊りも付いていました。あまり美しいとは思えない。シヴァ神の踊りに似ています。カンペレ村の踊りとは全く違います。

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木琴は深い音色です。覗いていたら共鳴箱の中を見せてくれました。ドレミファを弾いてくれたのにビックリ。7音がちゃんと出ます。三味線でも出るのでしょうか?今度聞いてみます。
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これはまた別の所。 
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ミャンマーにも在った「見ざる聞かざる言わざる」 

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更に驚いたのは、これをロシア人に見せたら、ロシアにもあるという。そして「見ざる聞かざる言わざる」をロシア語で言った。(もちろん「サル」の洒落はない)

ポパ山 

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平らな所に突然こんな岩山があれば誰でも驚く。これがポパ山。頂上にお寺があり階段で行ける。サルが多いので有名。 
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ここには36種類の精霊が住むと言われている。これがその皆さん。

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参道のおみやげ物屋の女の子達。なにやら楽しそう。


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ミナントゥ村

ここはバガン最後の手織をやっている。

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見物の親子。帰りにモデル代を請求された。

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さようならバガン。さようならミャンマー。今度は何時来られるだろうか?

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ミャンマー カンペレ村 その6

カンペレ村のアンティーク

アイロン
初めて見た。中に木炭を入れて使うのだろう。多分現役。

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トヨタ・ランドクルーザー

聞けば、1963年製。立派な現役。

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宿舎の生ごみ溜めに集まってきたイヌ。去年はいなかった。

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椰子酒

カンペレ村とは今日でお別れ。また6時間の悪路をジープでバガンに向かう。途中ソウの村で一服。椰子酒を飲む。

この家。我々を2階から見物する家人。

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椰子の木に枝を切った竹を縛りつけ、竹の小枝の根元を梯子にして登る。椰子の木には壷が下がっており、若い実を切った切り口から出る樹液を集めると同時に、壷に付いている菌が樹液の糖分を発酵させてアルコールに変える。

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これが椰子酒。アルコール分は10%程度。

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我々を見物に集まったご近所の人たち。

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隣の家に移動。大きな牛を飼っている。
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沢山取ってきた。一人一個だから。それを割ってくれる。
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こんな具合。 
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飲むときは、飲み口をあけてくれる。椰子の実を抱えて、その飲み口から飲む。下手するとダラダラとこぼれる。 

2階から降りると椰子の実が芽を出していた。 
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道路のところどころに徒歩旅行者のための水飲み場がある。近所の人たちが掃除をし、水の補給をしているのだろう。心優しい人たちと見える。 
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ミャンマー カンペレ村 その5

今晩は奥さんの歓迎大パーティ。朝から準備が大変。招待客は約200名、子ども含む、イヌ含まず。
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子ども達も隅で待っている。 
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やっとパーティ開始。 

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イヌは呼ばなかったのだが。

カンペレ村舞踊団。単調だがパーティの華。

子ども達は別室でDVDに夢中(この村にテレビはない)

そしてボンファイアが最後を飾る。 

 

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ミャンマー カンペレ村 その4

孤児院

先のカソリック教会が運営している孤児院に行った。友人が病院のドクターに健康診断を頼んだのだ。歯科医師と二人で来てくれた。

孤児院の建物。
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勢揃いする子ども達。皆明るい顔をしている。栄養は行き渡っているように見える。年の順かせいの順に並んでいる。 
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診断は2階の広間で行われた。手前の白いシャツが歯科医。ドクターは茶色のシャツだが歯科医の陰になって見えない。 
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全員大きな異状はなく、小さなすり傷をした男の子が友人夫妻の手当てを受けた。 

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この後感心したのはドクターの言葉、「清潔な水が必要だ」 確かに、言われてみれば子ども達は乾いた泥の砂にまみれている。これを毎日洗う水がな いのだろう。早速水道の話が始まった。近くまで山の水がパイプで来ている。水利権はユネスコが持っている。これは多分交渉でなんとかなる。問題はパイプと タンクの費用。

流石。手すりの模様は十字架。 

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日本からの同行者の一人は元小学校の先生。早速子ども達と遊び始めた。
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ミャンマー カンペレ村 その3

カンペレ村のカソリック教会に行った。この村はクリスチャンが多い。この他にバプティストの教会もある。イギリスの植民地だったが、アングリカンチャーチはない。

教会の入り口。
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ミサが行われている。素朴な信者達。私は長崎の隠れキリシタンを連想した。彼らもきっとこんな風だったろ
う。

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教会の庭に立つマリア像。 
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カテドラル(?)の正面。中ではミサが続いている。 
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庭にはもう一つ、マリア様の丘がある。

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長いミサが終って皆さんパンを頂いた後外に出てくる。シスターの格好をした人が二人いた。聞けば4人ほど、シスターが住み込んでいるようだ。 


 

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ミャンマー・カンペレ村その2

翌日はヴィクトリア山(3053m)登山友人の歯の詰め物が取れたので、カンペレ村の総合病院に来ました。こざっぱりして建物です。

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これが歯科。視察台は日本から寄付された最新式。でも薬を買うお金が足りません。

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 ここで「ミャンマー・カンペレ村医療支援システム」の委員会が開かれました。委員は、この病院の医師、婦長、自然公園園長、そのレインジャー、です。友人自身は顧問になっています。この5月で任期が切れて帰国するからと自分では言っています。 

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翌日はヴィクトリア山(3053m)登山


途中で野焼きに会った。なんとか通過。

登山道は近隣の人たちの生活道路でもある。途中には彼らの野宿の跡もある。

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シャクナゲの大木が花盛り。赤いのがシャクナゲの花。日本のものとは少し違う。

P3070052 山頂について昼食。途中の村人から買った川魚を焼く。

シャクナゲ林の中を下る。

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ミャンマー チン州 カンペレ村

ミャンマー チン州 カンペレ村に行ってきました。

ミャンマーの首都ヤンゴンから飛行機で2時間北、バガン。ここからジープで6時間西に行くとカンペレ村です。標高1600メートル。

野焼きが凄い。
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宿舎の近く(カンペレ村)の僧院。ここは小学校にいけない子どもを受け容れて、無料で基礎教育を授けています。寄宿制です。左が教育施設。右はお寺。

小坊主達の休み時間。 
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大広間になっていて、真ん中に本尊があります。 P3060022_3

この一角は食堂。

小坊主は毎朝托鉢に出ます。この釣り下がっているものは、ドラのようなもので、托鉢の時に鳴らして、托鉢が来たことを村人に教えます。 

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多分台所。 P3060025_2

教室として使われている一角。奥にまた別の本尊が鎮座します。 P3060027

金ぴかの椅子。偉いお坊さんが座るのでしょう。

 

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グローバル恐慌

グローバル恐慌 浜 矩子 岩波新書、を読んだ。今回の金融危機がどのようにして起ったかを簡単にまとめており、勉強になった。

著者は経済のグローバル化により、基軸通貨は存在しなくなったと言い、円の「隠れ基軸通貨性」を指摘する。案外そうなのかもしれない。

更に、各国が自国産業保護の競争をすれば、地球経済は存続できないが、現在これを避けることが出来るかどうかは分からない、と憂慮する。

今後の対策としては、銀行と証券の兼業を再度禁止するか、投資銀行業務に関して、商業銀行と同様な規制を行うか、どちらかしかない、とする。

印象的だったのは、モノとカネが分離して金融の一人歩きを許したのが、今回の結果だという、考え方だ。これが正しいとすると、モノとカネを再び結びつける必要があることになる。それはどうすれば可能だろうか?私のアイデアは、何らかの形で、国民総資産の価格を求めて、この額以上に信用を膨らませないことだが。

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