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六ヶ所村通信上映会

地元の人に誘われて行ってきた。

六ヶ所村はご存知の原子力発電所核廃棄物を処理する。

日本全国の原子力発電所で燃やされた使用済み核燃料を集め、

その中から核燃料のウランとプルトニウムを取り出す再処理工場である。

この施設について以前、六ヶ所村ラプソディーと言う映画が作られた。その続編である。

私の感想

1.役所側は「安全」を強調するが、元から自然に存在していた放射能がいまのところ目立った害を及ぼしていないからと言って、これを人為的に増やして、100年、1000年後にどのような影響が人体に現れるかは誰も分からない。これを「安全」というのは子供だましの詭弁に過ぎない。放射能を人為的に増やさないことが最も安全なのだ。

2.しかし映画の作り方には多くの疑問を感じる。
まず、ロックミュージシャンを使いすぎる。私はロックは好きでもないが嫌いでもない。でも彼らの外観は普通に生活している人たちとかなり異なっていると感じる。そこには一種の不協和音がある。製作者はロックによって見る人の感情を揺さぶり、理屈でなく感情的に賛同を得ようとしているように感じる。これはあまり感心できる説得方法とは言えない。

同じく青森県に乗り込む抗議団体のリーダーの服装・髪型にも違和感がある。かれは上述のロックミュージシャン的な長髪を背中に垂らしているのだが、これでは、反対運動は特殊なグループの運動であり、一般市民は排除されていると言う印象を与えてしまう。それでは逆効果であるということに何故気が付かないのだろうか?

3.米の無肥料栽培、不耕起栽培を大きく取り上げているのも奇妙だ。

たまたま関係者が近くに住んでいたと言う以上の因果関係はないのではないか?化学肥料や農薬を使わない農法は最近いろいろ提案されている。コンポスト、アイガモその他。その中から一つだけを取り出す必然性が感じられない。

4.再処理施設関連の事業に雇用されている人たちが施設の存続を望むのは当然だろう。雇用を先に生み出したものが勝ちなのだ。施設建設に反対するなら、できる前に、何か雇用を生み出す事業を立ち上げておくべきだった。

5.このような映画の制作資金を誰が出すだろうか?

プルトニュームが核爆弾の原料になることは誰でも知っている。

そうだとすれば核ミサイルを何百発も日本に照準を合わせていると言われる中国、その手下の韓国、そして北朝鮮はこの反対運動に大賛成だろう。資金を直接出しているかどうかまでは知らないが、精神的・物質的な支援を行っていても不思議はない。

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