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ゴスペル・ジャズ

先日ゴスペル・ジャズを聴きに行きました。近くのキリスト福音協会主催。

構成は8人。白人が一人。東洋人が一人、あとの6人は黒い。(東洋人は日本人加藤カズと判明) ドラムス、キーボード(日本人)、エレキギター二人、サックス(ロン・ブラウン)、ヴォーカル三人。ヴォーカルの内二人が女性。

聴きながら色々なことを考えた。

1.ジャズの発祥はひょっとしてゴスペルではないのか。奴隷がキリスト教会に辛い日常生活からの救いを求めて、手近なヨーロッパ伝来の楽器を使って、アフリカのメロ ディで、イエスを讃えだした。そう思って見ると、なにやらジャズ誕生の現場に立ち会っているような感慨を覚えた。「素朴」と見える信仰心が美しい。(ジャ ズの歴史を調べてみたがゴスペルとの関連を指摘した資料には行き当たらなかった。私の思い違いかもしれない)

演奏者の何人かが、キリスト教に出会うまでの自分の悲惨な人生を語る。前科者、自殺未遂、麻薬、等々。何処まで本当なのかは分からないが感動的である。

2.ドラム奏者は何故一人なのか?和太鼓を見た直後ではこれが不思議だった。しかし、即興的な演奏が多いのだろうし、ドラムの種類も多い。二人以上で演奏すると音を合わせるのが格段に難しくなるのかもしれない。

3.サックスもギターもコードが付いていない。最近はこれもワイアレスなのだろう。サックスが客席に下りてきたときに見ると、やはり小さなマイクが付いていた。(コードはない)

4.これも宗教音楽だが、バッハとは全く違う。しかし、確かな信仰心を感じるのは何故だろうか。良く分からないが、音楽形式を超えたものがあるのだろう。

しかし、彼らの信仰心とイスラム過激派の信仰心と一体何処が違うのか?彼らは機関銃を抱え、こちらは楽器を抱えている。しかし、バッハとアフリカ 系アメリカ人の信仰心に共通点があるのだとすれば、彼らとイスラム過激派、ユダヤ教過激派にも「信仰心」と言う共通なものが流れているに違いない。信じる 神が違うだけで、信じる心は同じなのではないか?

5.途中でにわかに教会の牧師が出てきてお説教。これは退屈だった。信仰を音楽で表せば素晴らしいのに、言葉にすると途端に陳腐で詰まらなくなる。何故なのだろう?

6.同じ会場で、パッチワーク展をやっていた。なかなかの出来。室伏文子氏。

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