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2008年12月

日本自動車メーカーの大量解雇への疑問

先日、冷泉彰彦氏が表記のようなことを書いているのを読んだ。長いし論点が多岐に亘っているので私が興味を持った部分を、私の意見を交えて、要約する。
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最近、日本の自動車メーカが派遣や期間契約等の非正規社員を大量解雇していることが報じられている。これは短期的な視野に囚われた不況対策で、経営を誤っているのではないか?

石油の枯渇が近づき、従来の自動車は、その姿を大きく変える転換期に差し掛かっている。自動車のような移動手段が廃れることはないだろうが、それが省エネ、代替エネルギー利用によってこれから大きく変わる時期になった。

日本はこの分野では先頭を切って開発を進めてきた。その意味でこれから日本の自動車メーカは大きく伸びる可能性があるのではないか?
アメリカの需要は確かに激減している。しかしそれがこのまま続くとは思えない。そして、次にアメリカの自動車需要が復活した時には、日本製の省エネ・代替エネルギー自動車への需要が急増すると予想される。そのような時期に製造能力を大幅に削減するのは果たして正しいのか?

日本の自動車メーカーと言えども、その「省エネ、代替エネルギー利用」についてはまだ始まったばかりで、これから大いに技術開発が必要になる筈 だ。日本の技術的な強みは、技術陣と製造現場との密接な情報交換にあると言われてきた。製造現場の非正規社員が蓄えてきた知識が、これからの新型車開発に 全く不要であるとは思えない。大いに必要なのではないか?それを今大量に解雇することは、将来の新しい技術を産む土台を掘り崩していることにならないの か?

オバマ氏は同じような問題意識を持って、新しい時代の自動車をアメリカが生み出せるように技術開発に膨大な予算をつぎ込もうとしている。日本メーカーのやっていることは、これとは正反対の方向を向いているのではないか?
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私にはどうもこの意見は正しいように思われます。

トヨタはアメリカで新設しようとしていた工場の建設を中止したようです。それはビッグ3が大量に作っていた大型のレジャー用自動車を専門に作る工場になる筈でした。

その方針が誤りであったことが明らかになって、工場建設は中止されました。

今回の大量解雇が、2回目の大きな誤りでないと良いのですが。

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ビッグスリー救済

小峰隆夫氏がNBonlineで極めてまっとうなことを言っている。

要約すると、
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1.米国政府がビッグスリーを救済することには多くの疑問がある。

2.自由主義経済の原則に反する
政府が放置しておくと市場から退出することになる特定の企業を救済することは誤りだ。彼らの大好きな「自己責任」を今こそ自分に適用すべき時ではないか?
「大きな企業は倒産しそうになると政府が救済してくれる」ということになると、モラルハザードが生まれ、効率的な資源配分が阻害されてしまう。

3.大量失業の数字は誇張されている
2007年のビッグスリーの雇用者数は約24万人です。一方、ビッグスリーが破綻すると、250万~300万人もの失業者が出ると言われている。 それは直接雇用されていない関係者が全て失業した場合の数字です。ところが、需要はゼロにはならず、下請企業は別の納入先を必死になって探す筈。だから、 これは救済措置を得られやすくするための誇張された議論ではないか?
また金融業を救済したのだから、製造業も、と言う議論は金融の取り付け騒ぎを理解していないからで、製造業が潰れても、他の製造業の製品が売れなくなることはない。

4.自由貿易の原則に反する
一国で保護措置が講じられると、他の国も対抗上同様の保護措置を取ることによって、世界的に合理的な資源配分が歪められる。
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 米国政府は救済措置を発表しましたが、これも倒産を数ヶ月遅らせるだけだろうと言われています。失業者対策をしっかりとって、思い上がっているビッグスリーは実力どおりに倒産して頂くのが順当なようです。

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項羽と劉邦 新潮社 司馬 遼太郎

上・中・下と3巻読んだ。世評どおり、大変面白かった。

項羽の長所短所が分かりやすいのに比べて、劉邦の長所は中々分かり辛い。著者は再三「可愛げがあって人に好かれた」と言っているが、著者をもっても、その魅力を読者に納得させる表現はできていない。そこで読者は割り切れなさを感じるのである。

戦いに次ぐ戦いで劉邦は負け続ける。それを彩る女性が寸景として2・3人出てくる。これが皆、真に可憐である。良くその魅力が伝わってくる。

それにしても虞美人が当時14歳とは驚いた。現在の日本なら、完全に犯罪行為で刑務所行きであろう。項羽は彼女の初潮を待って、閨に迎える。

それにしても、この頃の中国人は魅力があった。今の中国共産党幹部と何故これほど違うのか。古代ローマ人が現代イタリア人と殆ど関係がないよう に、このころの中国人は外来民族(元、清、等)の波に呑まれて消えてしまったのではないかと思われる。中国文明も長い衰退期に入る問い言う意味のことを著 者も言っている。

迂闊なことに私は諸葛孔明が何時まで経っても出てこないのが不思議だった。後で調べると、あれは劉備だった。劉邦BC256-195前漢、劉備BC101-223後漢で時代が全く違っていた。同じ「劉」の字に惑わされていた。

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ゴスペル・ジャズ

先日ゴスペル・ジャズを聴きに行きました。近くのキリスト福音協会主催。

構成は8人。白人が一人。東洋人が一人、あとの6人は黒い。(東洋人は日本人加藤カズと判明) ドラムス、キーボード(日本人)、エレキギター二人、サックス(ロン・ブラウン)、ヴォーカル三人。ヴォーカルの内二人が女性。

聴きながら色々なことを考えた。

1.ジャズの発祥はひょっとしてゴスペルではないのか。奴隷がキリスト教会に辛い日常生活からの救いを求めて、手近なヨーロッパ伝来の楽器を使って、アフリカのメロ ディで、イエスを讃えだした。そう思って見ると、なにやらジャズ誕生の現場に立ち会っているような感慨を覚えた。「素朴」と見える信仰心が美しい。(ジャ ズの歴史を調べてみたがゴスペルとの関連を指摘した資料には行き当たらなかった。私の思い違いかもしれない)

演奏者の何人かが、キリスト教に出会うまでの自分の悲惨な人生を語る。前科者、自殺未遂、麻薬、等々。何処まで本当なのかは分からないが感動的である。

2.ドラム奏者は何故一人なのか?和太鼓を見た直後ではこれが不思議だった。しかし、即興的な演奏が多いのだろうし、ドラムの種類も多い。二人以上で演奏すると音を合わせるのが格段に難しくなるのかもしれない。

3.サックスもギターもコードが付いていない。最近はこれもワイアレスなのだろう。サックスが客席に下りてきたときに見ると、やはり小さなマイクが付いていた。(コードはない)

4.これも宗教音楽だが、バッハとは全く違う。しかし、確かな信仰心を感じるのは何故だろうか。良く分からないが、音楽形式を超えたものがあるのだろう。

しかし、彼らの信仰心とイスラム過激派の信仰心と一体何処が違うのか?彼らは機関銃を抱え、こちらは楽器を抱えている。しかし、バッハとアフリカ 系アメリカ人の信仰心に共通点があるのだとすれば、彼らとイスラム過激派、ユダヤ教過激派にも「信仰心」と言う共通なものが流れているに違いない。信じる 神が違うだけで、信じる心は同じなのではないか?

5.途中でにわかに教会の牧師が出てきてお説教。これは退屈だった。信仰を音楽で表せば素晴らしいのに、言葉にすると途端に陳腐で詰まらなくなる。何故なのだろう?

6.同じ会場で、パッチワーク展をやっていた。なかなかの出来。室伏文子氏。

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和太鼓とOKI

アムネスティ世界人権宣言60周年記念コンサートに行ってきました。

何処かで見た人だなと思ったらイーデス・ハンソンさんでした。そう言えば彼女はここの特別顧問でした。

和太鼓は何故か心を揺さぶられます。1995年に収録されたDVDで、座長をしていた女性が出演していたのには驚きました。しかも演奏を仕切っていました。

一緒に演奏された樺太アイヌの伝統楽器、トンコリ 

私はこれを聴いてみたかったのですが、ガッカリでした。

1.トンコリがエレキギターになっていたのです。しかもハードロックのような大音響。樺太アイヌがエレキを使っていたのですか?と嫌味を言いたくなりました。太鼓の音に負けたくなかったのかもしれませんが。

2.演奏者がアイヌ語を喋るのですが、私はこれはカタカナで覚えたアイヌ語で、耳から覚えたアイヌ語ではないのでは、と思いました。母音と子音の 発音がまるで日本語なのです。外国語は難しいものですが特に発音が難しい。日本語にない母音と子音が発音できないのです。聞き取ることも難しい。日本語と 同じ発音の外国語があるとは信じられません。同じ日本語でも万葉時代の発音が現代日本語とかなり違うことは色々な人が指摘しています。アイヌ語の発音が日 本語の発音と全く同じとは信じられません。

3.曲はアイヌのものだと言うことで、単調な繰り返しが多いところなどはそうかなと思いましたが。

今度何時か、本当のアイヌの音楽を聞いてみたくなりました。口琴が聴けるのかと早合点した私の誤りでした。あれはムックリだったようです。

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レオナール藤田展

上野の森美術館でやっているレオナール藤田展に行ってきました。藤田嗣治(1886~1968)と言った方が分かりやすいと思います。日本を追われて晩年カソリックに入信するとともに、フランスに帰化したのでレオナール藤田になったようです。

日本の特徴を生かした画風で名をあげました。エコール・ド・パリ時代の有名なモデル「キキ・ド・モンパルナス」を使った画があるのに驚きました。特に美人とは思いませんから、きっと姓格を愛されたのでしょう。

画家としては超一流ではないのでしょうが、大変な努力と技術ですね。

白が有名なのです。「フジタの白」と言われました。卵白を使っていたと言う説をどこかで読みました。その所為か、ひび割れが出ています。

晩年には後援者の支援を受けて小さな教会を建てました。大変美しい教会です。奥さんは4人。内3人はフランス人だったようですが、最後の1人は日本人。

戦争中にフランスから日本に帰国し、生活のためでしょう、戦争画を描いたために、戦後左翼から袋叩きにあい、そのため日本にいられなくなりました。今回の展覧会には問題の戦争画は出ていません。 (見てみたかったのですが)

毎日12時間以上画室に籠って画を描いていたそうです。凄い精進ですね。

でも裸体画が多いと言うことはモデルと二人で籠っていたのでは?

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世界が仰天する中国人の野蛮

黄文雄・宮崎正弘著を読んだ。

対談のような形になっているが、いわゆる対談ではない。同じようなテーマで二人が交互に短文を書いている。或いは対談をして、その記録から二人が原稿を書いたのかもしれない。

この本を読んで改めて思うのは、「中国は文明国ではない」ということだ。

古代では確かに中国は文明国であった。四大文明と言う言葉が使われたのは、古代文明についてである。それ以降、中国の文明国としての進歩は止まったままだったように思われる。

したがって、西ヨーロッパやアメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドのような国と中国が同じ文明国だと思うと騙されてしまう。

中国はそのことに気が付いていないか、或いは行気が付かない振りをしている。その方が、周りが中国を文明国として取り扱うので、御しやすくなり、得だからだろう。

日本人は遣唐使の先入観から脱することが難しいので、中国の言うことを、文明人が言っていることとして文字通りに受け取りやすい。それが全ての誤りの基である。政治家・ジャーナリストにこの同類が多いように思う。

そのような善意の誤解を解くのに絶好の本である。中国が如何に文明国でないか、その実例が次から次へと紹介されている。読んでいて嫌になるほど、例証は豊富である。

中国に接する人はもちろん、直接接することが無くても、日本は中国と無縁で過ごすことはできないのだから、隣人の実態は把握しておいた方が良い。それが厄介で手ごわい相手なら尚更。

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中国が企む台湾・沖縄侵攻と日本支配 宮崎正弘

最近のテレビ・新聞・雑誌等のマスコミの中国偏向は目に余る。ネットの情報の一部を読んでいないと世界を見誤って仕舞う。その時に信用できる筆者の一人が、本書の著者、宮崎正弘氏である。

氏はメルマガ「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」を発行しており、私はその読者である。
申込:http://www.melma.com/backnumber_45206/

中国共産党政府の政策を事実を上げて列挙しており、大変説得力がある。本書を読むことによって、いままで謎が多く、理解し難かった中国政府の政策の成り立ちが、明確に理解できるようになる。

何故我々は中国政府の政策が理解し難いのか?

それは基本的な考え方の相違が、我々日本人と中国共産党政府との間にあるからだ。日本人はお人よしで直ぐに中国政府の言うことを信じる。しかし中 国政府は中国共産党の利害、あるいは自分個人の共産党内部での立身、個人の蓄財、にしか興味を持っていない。ここに大きな誤解と行き違いが生まれる。

日本の政治家、マスコミ、評論家もこの辺の理解は浅いようだ。或いは中国側からの様々な利益誘導(ハニートラップを含む)を受けておきながら、中国側の真意を理解していない振りをして、自分自身を合理化しているのではないか、とも思われる。

虚飾を廃した裸の中国を真正面から見つめた本だといえる。そして結果的に日本の現状に警鐘を鳴らすことになっている。

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黄文雄 講演会

黄文雄は2冊ほど読んでいたが、実物を見たことはなかった。そこで茗荷谷まで出かけて見てきた。日本語は上手だが訥弁で聞き取り難いこともあった。

顔を知りたい方は4ヶ月前の録画があった。

ホームページもあった。

6時間連続講演で、朝10時から始まったのだが、私は遠方なので、午前中は失礼して午後だけ聞いた。

午前中の話で興味深かったのは、縄文土器が台湾南部から出土している(東南アジア各地でも出土していると言う話を別の所で聞いたことがある)。台湾人(本省人)と日本人のDNAに共通点がある。と言う話し。

午後の部も多岐にわたるお話で、中でも私が興味を持った点だけを列挙すると、

台湾からの資本逃避が進んでいる。三通が実現すれば更に進むだろう。資本・技術・人材を中国本土に吸い取られて台湾は空洞化が進んでいる。それなのに台湾のマスコミは対中投資を更に煽っている。

台湾の反日教育は継続している。しかし、効果は余りない。映画「海角七号」が評判だが、親日的な映画である。

馬英九は言うこととやることが正反対である。「反日派と言われるのは世紀最大の誤解」と言いながら、尖閣諸島に軍艦を派遣し、慰安婦非難決議を行った。

日本政府の尖閣問題に対する対応は全くの誤り。

台湾の反馬英九デモの参加者は、1回目30万人、2回目60万人、3回目40万人だった。学生の座り込みは現在も続いている。デモには中年女性の参加者が多い。

馬英九はテレビ、新聞を略手中に収めた。民族派のテレビ・雑誌は次々に潰されて殆ど残っていない。ファッショ化・言論統制の危機を感じている人が多い。

民進党を支援していた企業に対する税務調査を強化している。民進党の資金源を断つ政策だ。

台湾を空洞化させて台湾人自身に中国共産党政府を選択させるのが中国にとっての最上策。次策はアメリカ・日本を使って台湾に圧力を掛ける。最後が軍事力での台湾占領。これは犠牲が大きすぎるので愚策。

中国の毎年二桁の軍拡は、台湾占領よりも資源問題を狙ったものではないか。

アメリカの軍事力を超える国は50~60年出ない。中国もそのくらいは掛かる。一方中国はすぐには崩壊しない。飢饉・内乱・天災などが、複数同時に発生しなければ崩壊しない。

中国政府が推進している中華民族主義は成功しない。これだけの多民族に漢民族主義を押し付けることは不可能である。したがって中国は国民国家は作れない。現在の中国を解体しなければ民主化もできない。国民国家になれないからだ。

なお、今年の12月13日(土)18時~19時30分、文京区民センターで講演会があります。会費1000円。

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