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2008年9月

世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃

ジョセフ・E・スティグリッツ リンダ・ビルムズ,徳間書店

ブッシュ・チェイニー・ラムズフェルド・ウォルフォビッツなどがひた隠しにしてきたイラク戦争の実際に掛かった戦費をノーベル経済学賞受賞者のステイグリッツが、あちこちからデータを掻き集め、克明に計算した、その内容。

ごく内輪に見積もって3兆ドル。そしてその影響は今後何十年もアメリカ及び世界の経済に負の影響を与えるとする。それだけの金額が他に使われていたら何ができたか、実例を列挙する。

そして、このような災厄を世界にもたらした戦争が何故このように無謀に開始されたのか?そのメカニズムを明らかにし、今後の防止策を提案する。

その提案は、実施されれば二度と戦争自体が起こせなくなるような提案である。

今度のイラク戦争のように、儲かるのはごく一部の者で大部分の人間は大損をするのだから、事前に克明にその計算をして、一般に公開すれば、誰も戦争を始めることに賛成しなくなると思われる。

日本でも軍備を持って自衛すべきだという議論は多い。おかしな隣国に囲まれているので、一理あるのだが、その経済負担がどれだけになるのか、事前に本書に倣って計算しておくべきだろう。

ブッシュよりも賢明な政治指導者を、日本が持てる可能性は少ないのだから。

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アフリカ雑感

アフリカのことを特に調べているわけでもない私から見ると、アフリカの国々はどこも民族紛争、独裁、汚職、暴力に満ちているように見える。そして収入の格差は大きく、一般大衆が平和な生活を享受しているようには見えない。教育レベルも低い。

これでは、植民地時代の方が、まだ平和であっただけ良いのではないかとも思えてくる。白人を追い出して、現地人の政府は作ったが、その政府が上手く機能しているとは思えない。そして為政者は、大衆の批判がないことをいいことにして、好き勝手に振舞っているように見える。

この現状を打開するにはどうしたら良いのだろうか?

私は一般民衆に教育を普及する以外に道はないように思える。識字教育を行い、新聞を誰でも読めるようにする。それが第一歩ではないか?そうして、 政治システムの欠陥を一般大衆が知り、これを批判できるようになれば、為政者も現在のように直接的な暴力や賄賂に頼ることができなくなるのではないだろう か?

先進国のアフリカ諸国に対する援助は、識字教育に対する比重をもっと上げるべきではないかと思う。

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格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略

ポール・クルーグマン、早川書房

人種問題はどうやら「移民大国」アメリカの原罪らしい。アメリカはこの問題に永遠に付き合わなければいけない。それに比べれば日本はまだ幸せな国だと言える。

端的に言えば、本書はオバマ候補への応援演説である。しかし当初の目的はその通りでも、本書はそれだけに留まらず、多くの示唆を与えてくれるだろう。

著者はアメリカ人の収入格差が、1980年代以降急速に広がった、と言う。それはレーガン大統領の時代であり、共和党の時代と一致する。

一方これは、ルーズベルトのニューディール以前の時代に戻っただけで、ニューディール以後の30年間が、格差の圧縮された、アメリカとしては特異な時代だったのだとも言える。

しかしその時代は中産階級が繁栄した理想的な時代だっと著者は言う。そして、アメリカをそのような時代に戻すべきだと言うのだ。

そのために先ず行うべきことは、国民皆医療保険の創設であるとする。そして、今までアメリカで国民皆医療保険が実現しなかった真の理由は、人種差別だと指摘する。

また、アメリカの経営者は、分け前を取り過ぎているとする。確かに彼らの貪欲には限界がないようなので、これには何らかの歯止めが必要だろう。

一方、日本は色々問題はあるが一応国民皆保険が存在する。しかし、日本の経営者もアメリカの経営者に習って高給は取るし、雇用者の給料はケチるしで、格差は開いてきている。この問題に対する解答は本書には当然ない。これは我々が考える他ないのだ。

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フェルマーの最終定理

2006 新潮社 サイモン・シン, 青木 薫

面白かった。数学が専門ではないので正確には分かっていないのだと思うが、著者の描写力が高いのか、数式は殆どないのに、数学者の苦闘が分かったような気がする。不思議な本。

「フェルマーの最終定理」は、ピタゴラスの定理の2乗をn乗にした式で、3 以上の自然数 n について、この式が成立する 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない、という定理。(冪数がかけないので変な書き方になった)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%9C%80%E7%B5%82%E5%AE%9A%E7%90%86

フランスの数学者ピエール・ド・フェルマー(1601年 - 1665年)が読んでいた本の片隅にメモ書きしていた。そして「証明したけど、余白がないので書けない」と追記した。それ以来多くの数学者が挑戦したが証 明できず、300年以上後の1993年にアンドリュー・ワイルズが証明を発表した。しかし、後日誤りが発見され、ワイルズはリチャード・テイラーの協力を 得て、1994年に完全な証明を発表した。

このフェルマーの定理が証明されるまでの大勢の数学者の苦闘を描く。ゲ-デルやガロアまで出てくるのに驚いた。日本人も出てくるし、女性数学者も出てくる。

数学を扱って素人を飽きさせない、稀有の本。

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演歌について

若い時からずっと[演歌」が嫌いだった。

自虐的な自己陶酔を感じるからだ。普通演歌は男の歌と思われている。しかし私は演歌ほど女々しくて男らしくない歌はないと思う。若いときに私は、こういう甘ったれた歌を好きになってはいけないと自分に封印したのかもしれない。

普通、演歌を始めとする日本の古い歌謡曲は「ヨナ抜き長音階」だと言われている。音楽に疎い私は「ヨナ抜き長音階」とは何ななのかが分からないのだが、簡単に言うとドレミファのファとシの音がが抜けているらしい。

所が最近読んだ本(「音律と音階の科学」小方厚)によるとスコットランド民謡も「ヨナ抜き長音階」らしいのだ。スコットランド民謡は嫌いでないのでどうも私が演歌を嫌いな理由は「ヨナ抜き長音階」にあるのではないらしいことが分かった。

するとやはり、先ほどの「甘ったれ精神」が原因かな?だから最近の演歌衰退の傾向は私には好ましい。日本の甘ったれ男は減少どころか増殖の傾向を感じるけど。

しかし、女の演歌は嫌いでない。 「夢は夜開く」はむしろ好きだった。

暗い歌だった記憶がある。何よりも救いがない。良い歌なのかどうかは分からないが、それでも何となく忘れられない歌だった。

もと歌は、練馬少年鑑別所で歌われていたものだとか。暗いわけだ。

この歌を園まりがテレビでうたったのが1966年、藤圭子が1970年。ビートルズが来たり、公害が問題になったりした年だが、景気がそう悪かった記憶はないのだが、どうしてこんな暗い歌が流行ったのだろうか?

一方、私は現在は日本が絶望的な状態にある時代だと思っている。これほど暗い時代はなかった。全く展望が開けない。未来に希望が持てない時代だと思う。

しかし、テレビを見ても、これほど暗い歌には出会わない。何故なのだろう?

人は希望が持てるときには暗い歌をうたう。本当に希望が持てなくなったら、オチャラケル?

既に我々は、暗い歌に耐えられなくなっているのではないか?余りにも時代が暗いので。

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「貧困大国アメリカ」堤未果

日本で所得格差が広がっていると言われる。私もそう思う。しかし、これを小泉政権の責任のように言う人が多いのはおかしいのではないだろうか?5年ちょっと総理大臣をやった位で変えられるものではなかろう。

これは現代資本主義が陥りやすい罠であって、この弊害を防ぐには周到な政策が必要なのだろう。それは一面セーフティネットであるが、実は企業に対する規制が必要なのではないかと私は思っている。企業に無制限の自由を享受させては多分いけないのだ。

格差拡大を小泉政権の責任にする人たちには2グループあると私は思う。旧体制温存を願う自民党守旧派と左翼系だ。正反対の立場にあると思われる2グループが殆ど同じことを言うので、聞く方は余程注意して聞いていないと、論者の真意を見誤ってしまう。

最近同じことを思ったのが、「貧困大国アメリカ」堤未果を読んだとき。

4ヶ月で12刷ということは随分ヒットした本のようだ。そこでどんな本なのか読んでみた。

題名から分かるようにアメリカの暗部をルポ中心にまとめた本。貧困層の現状、医療の現状、そして貧困層に対する軍のリクルート。

ルポ中心なので、困窮者に直接インタビューしてその発言を記録している。彼らの語る内容、何が起ったかという事実は興味深い。しかし困窮している当事者に、原因や対策を聞いても近視眼的な回答しか得られないのが普通だと私は思う。しかし、著者はそう考えていないようだ。

当然、市場主義、民営化がいけない、と言うことになる。キューバの方がアメリカより良い、と言う発言がある。本気か?著者はまだ社会主義社会が理想の社会だと思っているのか?

現在のアメリカ資本主義が多くの問題を抱えているのは事実だ。これは直さなければいけない。それにはどうしたら良いのかが問題なのであって、民営化を眼の敵にするのは的外れだと私は思う。

アメリカ資本主義の欠陥をどう是正すべきか、と言う議論が必要なのであって、民営化は全ていけないような極論は誤りだろう。

読んでいて私は「政治的なプロパガンダ」を感じた。その点に気をつけて読めば、アメリカ貧困層の現状について得る所は大きい。

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円安バブル崩壊―金融緩和政策の大失敗

野口 悠紀雄、ダイヤモンド社を読んだ。

野口 悠紀雄氏の論説には以前から興味を持っていた。同感・納得することが多かったからである。以下要約。
ーーー
1.景気回復は円安による。この円安は低金利と金融緩和によって起こり、非効率な旧型産業を温存し、不動産価格を上昇させ、インフレの危険を孕むこととなった。

2.サブプライム問題によってドルが値下がりした。これにより、日本の対外資産・外貨準備(殆どがドル建て)は大きく減価している。その損失額は全世界の金融機関の損失額に匹敵するだろう。
90年代以降の不況の原因は、戦時体制による経済システムが現在まで続いていることにある。政府による無益な統制を廃して市場を中心とした経済システムに変えなければ、この不況は克服できない。

3.現在日本の金融機関の収益率は欧米よりも格段に低い。それは投資銀行的な役割を果たしていないからだ。その原因は政府の金融統制が的外れなことによる。

4.トヨタの従業員数は30万人、グーグルは2万人弱、そして両者の時価総額は殆ど同じ。日本はグーグルを生めるのか?

5.「ふるさと納税」もばっさりと切り捨てているが、詳細は省く。
地域間格差是正のために、地方に不要な道路を作れば、鉄、コンクリート、労働力が無駄に使われるので、直接地域住民にカネを配れと言っている。

6.年金は当初のシステム設計から誤っているので、根本的に見直せと言っている。国民年金は維持不能だそうだ。年金の民営化を主張している。
ーーー
一般に、マスコミ評論家が常識としている意見を片端から論破して爽快である。

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グラス・スティーガル法の呪い

グラス・スティーガル法とは米国で1933年に制定された法律で、銀行業と証券業の分離を目的としていた。こ の法律が制定されたのは、当時、商業銀行が顧客に対して有価証券を不正に売りつけていたことから、商業銀行が有価証券を引き受けることを禁じたものであ る。またこれは1929年の大恐慌において、株の売買を兼業していた商業銀行が、多数破産したことを教訓として、貯蓄と投資を分けて安全性を高め、再び恐 慌が起らないように制定されたとも言われている。

しかし、当の銀行業界、証券業界のこの法律に対する反感は根強く、銀行業界、証券業界の両方から、再三この法律の骨抜きが試みられた。そして遂に 1999年に銀行業、証券業、保険業の相互参入を可能とする改革法が成立した。これ以後、銀行が証券業を営むことが増えると共に、証券会社が銀行業務を行 う例が増えてきた。

そして、最近のデリバティブ・ヘッジファンドの全盛時代を迎えることとなった。しかし、どうやらこの栄華は仇花であったようだ。サブプライムローンの崩壊と共に、アメリカ、そして全世界は再び恐慌の崖っぷちに立たされているように見える。これは或いは、「グラス・スティーガル法の呪い」とも言えるのかも知れない。

現在の騒動が何時、どのような形で収束するのかは、始まったばかりの今はまだ分からないが、落ち着いてみたらグラス・スティーガル法が復活していた、と言うこともないとは言えない。

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外国人参政権

日本に住んでいる外国人に参政権を与えるべきかどうか、が議論になっているようです。

◆先ず、現状を調べてみると、法務省入国管理局によれば、2007年の外国人登録者数は,215万人であり過去最高で、我が国総人口の 1.69%となる。その国籍別内訳は、中国が60万人で全体の28.2%,韓国・北朝鮮が59万人で27.6%,ブラジルが32万人で14.7%,この3 国で70.5%を占めています。以下、フィリピン,ペルー,米国となっています。このことから、外国人参政権の問題は、日本在住の中国人、韓国人、北朝鮮人を中心とする問題だと言っても良いようです。
http://www.immi-moj.go.jp/toukei/index.html

◆外国人に参政権を与えている国は、EU、旧イギリス連邦のように特殊な事情を持つ国の他には、北欧が地方参政権を認めているのみで、アメリカ・スイス・韓国・日本など、外国人に参政権を認めていない国の方が多くなっています。

◆永住外国人(または定住外国人)の地方参政権について、最高裁では「憲法上保障されていない」という判断が出ています(最判平7.2.28 平7重判8)。その判決の中に「法律によって地方参政権を付与することは憲法上禁止されているものではない」という文章があるのが、参政権を与えよと言う 人たちの論拠の一つになっています。

ただし、国会などの選挙については永住外国人に対する選挙権を憲法は保障していないと言うのが一般的な考え方のようです。

また、地方選挙に外国人の選挙権を認めると、ここから外国人による国会選挙への干渉が可能になるとして危険視する人たちもいます。

◆政党では公明党が永住外国人の地方選挙権の付与を熱心に主張しています。自民党は消極的、民主党は多数議員が賛成、社民党、共産党は賛成。

◆韓国では永住外国人に地方参政権を与える法律が成立していて、互恵的に日本でも選挙権を与えるべきだと言う人がいます。これに対して、韓国に永住する在韓日本人が2桁であり、日本に永住する在日韓国人が50万人以上である事から互恵的とは言えないという意見があります。

◆私個人としては、

1.参政権が欲しいなら日本国籍を取ったら良い。
2.国として、反日教育を行い、反日運動を黙認もしくは扇動している国の国民に、地方選挙と言えども選挙権を与えても、日本にメリットはない。

と思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E5%8F%82%E6%94%BF%E6%A8%A9

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北京の位置

中国の地図を見ると北京が国の端に位置していることが分かる。

Beijin 東京もロンドンもワシントンも、国の首都というものは大体国の中央に位置しているものではないか?そう思うとこの位置は一国の首都として如何にも不自然に思える。

その理由は、北京を作ったのが、彼らの言う漢民族ではないからではないか?北京はモンゴル人の「元」が首都として作った街なのだ。

そう思えばこの位置はモンゴルを含め、中国共産党が武力により制圧して中国領に編入した内モンゴル、旧満州を含め、同じく不法に占拠しているウイグル、チベットを除いた、「元帝国」の中央に位置していただろうと思われる。

首都は全国を統治し、地方で叛乱が起った場合に速やかに軍隊を送って鎮圧するために、物理的に国の中央にあるのが自然だと思う。その意味では、武 力による侵略と弾圧によって維持している中国共産党帝国は常に叛乱の危機に晒されているわけで、現在の北京の位置が最適な位置であるとは思えない。

それなのに何故中国共産党は首都を動かさないのか?おそらく首都としてのインフラが整備されたいるためではないかと思うが真実の所は私には分からない。

同時に思い出すのは韓国のソウルである。

Soel これも実に偏った位置にあるが、北朝鮮を含めた朝鮮半島の略中央にある。北朝鮮が攻め込みやすいこんな偏った場所に何故首都をおいたままにしているのか理解に苦しむが、北京と同じ事情にあるのかもしれない。

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スカイクロラ

スカイクロラを観た。

綺麗な画面。救いのない内容。まるで現在の日本を象徴するような「閉塞感」。

「キルドレ」と呼ばれる思春期以上に成長しないし死にもしない子どもたちが、レトロな戦闘機に乗って「ショウとしての戦争」をする。戦争で死んで も転生して生き返る(らしい)。パイロットには男の子も女の子もいる。当然恋愛があるが、死ぬのが商売だから、ハッピーエンドになる筈は無い。

戦争をしているのは戦争代行会社同士。戦争が終ることはない。

佳作。心に残るものがある。

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インド

不思議な国で私は行ったことがないし、行く予定もない。インドに行った人は必ずお腹を壊すから。

最近NHKは変節して、中国の暗部を報道するようになるとともに、インドをやたらと持ち上げている。最近3回続いたNHKスペシャルもインドを褒めちぎっていた。「?」と思うほどだった。

インドの発展を褒めるのは良い。しかし、インドを語って「カースト制度の現在と未来」に一切触れないのは可笑しい。と言うよりも誤りではないか?NHKが視聴者を誘導しようとする下心を感じる理由だ。

カースト制度は皆がお互いの素性を知っている農村でなければ通用しない制度ではないかと思う。都会で人々がシャッフルされれば、生まれは分からな くなるのではないか?まして、海外に留学し、ある程度成功してインドに帰ってくる場合に、カーストはどの程度意識されているのだろうか?もちろん、低い カーストの人間が海外留学する機会は殆どないだろうが、インドでも中流階級が増加していると聞くので、この連中なら海外留学を子どもにさせる人たちが出て きそうだ。

海外留学は極端にしても、インドの中で幾つかの都市を渡り歩けば、出身カーストを消すことは可能なのではないだろうか?

このようにして、インドの頚木だったカースト制度も、都市、および中流から徐々に緩んでいくのだろうと思う。しかし、余程強力な政府が出てこない 限り、根絶するまでには、50年・100年は掛かるのではないか?その頃には、インドを旅行してもお腹を毀さなくなっているかも知れない。

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和服と帽子

和服の女性で帽子を被っているのを見たことがない。昔の絵を思い出すと笠は被っているが帽子は被っていない。帽子はお洒落の大事な道具なのに何故だろう? 姉さん被りはお洒落でなく実用だろう。頭巾というのがあった。御高祖頭巾とか。しかしあれはフードであって、風除けとか覆面とか、やはり実用的なもので、 お洒落が主目的ではないと思う。Wafuku1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                            戦前の男は和服にパナマ帽を被ったりした。ソフトという帽子もあった。それにステッキを突くのがお洒落だった。最近は見かけない。そろそろ復活するのだろうか?

昔の日本で帽子が発達しなかったのは日本髪のせいではないだろうか?日本人は頭を帽子で飾らないで、髪の毛で飾ったのだ。
花魁の絵を思い出す。

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これだけ頭に飾り物を付けては帽子は被れないし必要もない。

しかし、今和服の女性が日本髪に結うのは、結婚式くらいで後は芸者さんだけでは?と言うことは和服を着ても頭は洋服の時と同じ、パーマをかけてちょこっと髪飾りを付ける程度。これはアンバランスなのではないだろうか?

帽子デザイナーは和服用の帽子開発に挑戦すべきだ、というのが私の今日の結論。

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