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2008年7月

歌舞伎の美しさ

先日、延暦寺の薪歌舞伎を見た。歌舞伎とは言っても踊りが主、通し狂言ではない。しかも私は歌舞伎はこれが2回目か3回目で、「どんなものだろう?」という好奇心から見に行った様なものだ。

そして感じたのは「ああ、私はヨーロッパ文明に毒されて、本来の日本人の感性を失っているらしい」と言うものだった。あっさり言えば「珍奇なものを見た」と言う感じ。美しさの感性が全く違う、と思った。

如何にヨーロッパ文明に毒されていても、私も彼らの文化が全て正しいとは思っているわけではない。女性の裸は私も大好きだが、だからといって街中や役所の前に女性の裸像を飾る趣味は理解できない。これは多分ローマ・ギリシャの習慣を北のヨーロッパ人達が猿真似したのだろうが、寒いヨーロッパの町に 裸像が立っているのを可笑しいと思わない神経は理解できない。

日本舞踊をバレーと比較するとその違いは鮮明である。バレーでは手や足は素のままで出ている。その美しさを見せたいから。その結果、バレーでは様々な踊りの技術が開発され、その技を競うことができる。日本舞踊では、手も足も着物で深く隠されているので、そのような技術は発達しなかった、代わりに様々なしな(女)と見栄(男)を次々に見せる。後は衣装の早変わり。

恐らく江戸時代の観客は贔屓の役者の様々な姿態を一枚の絵として楽しんだのだろう。紙芝居のように、静的な美しい絵が次々に舞台上に現れることに 喝采したのではないかと思う。だから、踊りに写実性とか筋の展開とかは求めなかった。筋などは荒唐無稽でも、好きな役者が色々な衣装を着て、一幅の美しい絵に収まってくれればそれで満足だったのではないか?

歌舞伎の衣装と言うものも、私には不思議なものだった。どの時代の衣装でもないのではないか?歌舞伎独特の衣装のように思えたのは私の僻目だろうか?

しかし、ヨーロッパの美しさに慣れた眼には、如何に「珍奇」に見えようとも、ここに或る一定の美の基準があり、その基準に則って、厳密に構成された舞台があることは確かだった。ただ私が既にその基準に自分を同化することができなくなっているだけなのだろう。

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医療と人道

普通医療行為を行うことは人道的である。病気を治すことは良いことだ。

しかし、問題はその病気がどのような病気か、と言うことではないだろうか?病気によって結論は異なるのかもしれないと思う。

その病気が遺伝的な場合、あるいはその病気に罹りやすい体質が遺伝する場合は問題が複雑になる。患者を治療することが、その遺伝子を拡散すること になるからだ。かと言って、そのような遺伝病を持った人が子孫を残せないような政策を政府が取ることは許されない。過去に敢えてそのような政策を取ったの は悪名高いナチスだった。だから余計この方法は禁じ手となった。

望ましいのは患者本人が自分が悪い遺伝子を持っていることを知って、後世のために、自分の子ども(遺伝子)を残すことを諦めて、血のつながらない 他人の子どもを引き取って育てることだろう。そして周りの人たちもその行為を褒め称える。そうなれば次第に遺伝病の遺伝子は絶滅を迎えるだろう。

しかし、今はそうなっていない。私がいつも疑問に思うのはいわゆる「生殖医療」だ。妊娠しにくい人の遺伝子を後世に残すことに努力しているように 私には見える。どこに線を引くべきなのかは私には分からない。天才が精神病を発症した例は多い。しかしどこかには線を引くべきなのではないだろうか?「患 者が望んでいる」ということが治療側の言い分のようだ。しかし、その事自体は正しいのだろうが、全ての人が正しいことを望んでいるとは限らない。

このままではどんどん人類の退化が進むだろう。人道主義は人類が退化し、滅亡することを望んでいるとは思えない。

(追記)

例えばパーキンソン病は遺伝子がすでに特定されていたように思いますから、DNA検査によってその遺伝子を持つ人に、「子どもを作るとその子に発病する危険があります」と言う通知をして、実際に子どもを作るかどうか当人に任せる、というようなのはどうでしょうか?

遺伝子が特定されている病気は色々あるでしょうから、その対象とする病気を逐次増やしていくだけでも、かなりな数になりそうです。

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竹島

また韓国が騒ぎ出した。なんでも日本が教科書に「竹島は日本固有の領土」と書こうとしたことがいけないのだそうだ。

竹島がどちらの領土か以前からもめていたのは事実。では韓国は自国の教科書に「独島は韓国固有の領土」と書いていないのか?そんなことはあるまい。もしそう書いているのなら、日本も当然「日本固有の領土」と書くべきではないのか?両国の立場は平等ではないのか?

それを、国内事情で文句を言ってきた韓国に日本政府は何故ペコペコ謝るのか?日本の政治家の考えていることは全く理解できない。

そんなに文句を言うなら国際司法裁判所に訴えて第三者に決着をつけてもらうべきだ。韓国側は「それは嫌だ」と言っているようだが、これは首尾一貫しているとは思えない。矛盾しているのではないか?

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イラン攻撃なんてできるの?

イスラエルは何が何でもアメリカにイランを攻撃させたがっているように見える。しかし、アメリカの何処にそん なお金があるというのか?日本に払わせろ、冗談じゃない、拉致被害者を見殺しにして中国・北朝鮮におべっかを使うアメリカのためになどに、びた一文払いた くない。払ったら次の選挙で痛い目に会うだろう。

大体常識的には今度の選挙にはオバマが勝って、イラクからは撤退するというのが妥当な予測ではないだろうか。イラクから撤退しておいて、新たにイランを攻撃するとはちょっと考えられない。

イスラエルの財政がアメリカからの援助でもっていることも常識だろう。しかし頼みのアメリカは、サブプライムを原因すると言われる(余り何時まで も同じことを言われ続けると疑わしくなってくるが)不況とドルの暴落でこれからどうなるか分からない。大体の人ははアメリカドルが世界通貨の地位から滑り 落ちるのは時間の問題だろうと思っているようだ。

そのとき、イスラエルはどうなるか?破産して地上から消えるのかもしれない。

しかし、ユダヤ人はしたたかだ。生き残るとしたらどのような形で生き残るのだろうか?パレスチナの土地はパレスチナに返して、再び世界に散らばっ ていく他ないのではないだろうか。それとも、アメリカに小さな土地を貰って、新イスラエルを作るか?少なくとも、そうなれば現在よりも世界は平和になるだ ろう。

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税金を払わない終身旅行者―究極の節税法PT

総合法令出版、木村 昭二

1999年初版だから少し古い本である。それだけに書いてあることは執筆当時には正しくてもその後の法律改正などで変わっていることも多いと思われる。しかし類書が少ないだけに貴重な本だ。

最近日本国内の低金利に嫌気がさして外貨預金をしたり、外債を買ったりする話を聞く。中には海外の銀行に口座を作って資産を海外に移す人もいる。 しかし、海外に資産を移して、一見高利廻りの運用をしても、その収益を日本で申告しないと脱税行為になる。いつ税務署から摘発されるか分からない。

高い税金を取られるのも嫌だし、隠してびくびくするのも嫌な人は、さっさと海外に住居を移しない、ということを勧めている本。

海外のパーマネント・トラベラー(PT)は5つの国旗を持つそうだ。国籍を持つ国、ビジネスを営む国、居宅(永住権・市民権)を持つ国、資産運用を行う国、余暇を過ごす国。

著者は、日本人は日本の国籍は捨てない方が良いと言う。ビジネスは日本、香港、シンガポール。そして居宅はタックス・ヘイブンの国に持つ。核保有 国の傍には住まない方が良い(この点で日本は落第)。資産運用はスイス・プライベートバンクかオフショアバンク。余暇を過ごすのはお好きなところで。

各国の関係する法律が詳しく書いてあり、大変刺激的であった。もちろん個人の事情に合わせる必要があるので、著者の勧めに従う必要はないが参考になる。頭の体操に良い。

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アフリカ援助についての暴論

以下は私の暴論です。お気に召さない方もおいででしょう。最初から謝っておきます。

アフリカには貧乏な国が沢山あり、しかも戦争が多いために一般の民衆が苦しんでいます。そこで、先進国が色々と援助をしています。しかし、一方で馬鹿馬鹿しいほどの贅沢をしている首長の話題が時々マスコミに報じられます。極く単純な収奪が成り立っている国々のようです。

このような国の平均寿命は短い。幼児死亡率が高いからです。そこで多くの医療援助が幼児医療に対して注ぎ込まれました。その結果、幼児死亡率は下 がり、人口は増えましたが、貧しいために、成人してから飢えに苦しむことになりました。それでも子どもの時に死ぬよりは良かったのでしょう。

成人に対する医療援助も人口増加に拍車を掛けています。そして失業者が増えれば当然社会は不安定になり、暴力が幅を利かせる社会になります。

食糧援助、生活物資援助は、それを最も必要としている人たちに届く前に、その中間で消えていきます。それを役得と考える人たちが偉そうな顔をして利権を握っているからです。

これではいくら援助してもきりがありません。何処か間違っているのではないでしょうか?

私はこれらの原因は一般民衆の上層部に対する批判が少ないことによるのではないかと思います。独裁国家が倒れたのは下からの批判、反政府運動によって倒れたことが多いのではないですか?

私は、医療援助、食糧援助、経済援助のような直接的な援助は効果が少ないので止めたほうが良いのではないかと思うのです。

代わりに、一般大衆の政治レベルを上げるような教育援助を行うべきではないかと思います。
その最初は文字が読めるようにすることでしょう。国の識字率を挙げるための援助が遠回りのようでいて、実は最も効果的であるのではないかと思います。独裁者は嫌がるでしょうね。そういう国には一切援助を止めればよいのです。

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ブッシュがまた嘘をついている?

北朝鮮に対するブッシュの対応には全く腹が立つ。

1.核計画は提出さえすれば、その内容を検証することなく正しいと何故認められるのか?使わなくなった煙突を壊したことと何の関係があるのか?全く無関係な単なるパフォーマンスではないか。

2.核兵器の開発計画を一切含まない核計画に存在意義があるのか?こんなものは核計画ではない。

3.他国の国民を暴力的に拉致することがテロ以外の何なのかを説明せよ。日本国民は拉致問題が納得できる形で処理されない限り、北朝鮮をテロ国家とみなすことを止めることはできないだろう。

4.ここでブッシュが北朝鮮からテロ国家指定を外そうとしている動機は誠に疑わしい。単なる花道作りとは到底思えない。その裏にはもっと薄汚いものがあることを直感する。それが何か?歴史が証明するだろう。

中国は厄介者の北朝鮮を持て余してアメリカに押し付けたのではないかと思う。その時ブッシュに何を餌として食わせたのかはまだ分からない。やがて徐々に分かってくるだろう。

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パーマネントトラベラー

永遠の旅行者、国際的住所不定、フライイングダッチマン。

固定した住所を持たず、定期的に各国を旅行する。普通3ヶ月くらいしか一つの国に留まらない。

主目的は税金逃れ。

現住所を海外にしておけば、日本の税金は掛からない。パスポートは日本のものを使う。配当、年金などは銀行に振り込んでもらう。旅費がかかるので国境近くに住む。日本で言うワンルームマンションを2カ国以上で買うか借りるかする。

住むには消費税(付加価値税)の低い所を選ぶ。無税のところが望ましい。

ちょっと面白そうだが実現性は少ないように思う。大体年をとって動けなくなればそれでお終い。現地の言葉が堪能でないといけない。それも2ヶ国語か3ヶ国語。ハードルはかなり高い。

しかし、何処がいいかな?と考えるのは頭の体操として面白い。

台湾は日本に近くて良いが、中国が何時攻め込んでくるか分からないのであまりよく無さそうだ。香港は中国だから止めておく。するとシンガポール か?ちょっと遠い。シンガポールとマレーシアを往復する手はある。いっそ、ケイマン島とかジャージイ諸島はどうか?税金が掛からない。行ったことがないか ら住み心地が分からないし、如何にも遠い。世界は広そうでいて中々良さそうな所はないものだ。

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サヴァン症候群

ご存知、天才自閉症児、と言うよりもアスペルガーか?

先日脳学者茂木健一郎氏がテレビで3人の著名なサヴァンを紹介していた。名前は忘れたが、一目見た見た風景をスケッチできる画家(彼は国から勲章 を貰った)、円周率を20万桁以上覚えている暗算の名手(彼は数字が風景に見えると言う)。読んだ本を一字一句暗記できる人(彼の趣味は図書館で電話帳を 見て記憶していなかった新しい番号を見つけること)

つまり、自閉症またはアスペルガーと呼ばれるような対人関係に関する欠陥を持ちながらも、特異な分野では異常に高い能力を発揮する人たちである。なお最後の人は映画「レインマン」のモデルになったのだそうだ。

彼らの特徴は日常生活では全く無能だと言うことだ。特に他人の気持ちを察することが不得手なので、社会生活が円滑にできない。それと引き換えに特異な能力を身に付けたとも言える。

しかもその多くの能力は現実の世界では余り意味を持たない。役に立たない能力なのだ。例えば最後の例では彼は自分で髭も剃れず全て80歳を越えた父親にやってもらっている。父親が死んだらどうなるのかは分からない。

最初のスケッチの名手は確かに正確なスケッチを書く。窓の数がぴったりあっていると言ってコメンタイターが驚いていたが、絵の価値はそんなところ にはない。私の目から見ると彼の絵は正確だが詰まらない絵だ。写真と変わらない。構図に工夫がなく、強調する所と省略する所のメリハリがない。

最後の人は脳梁が先天的に掛けていることが分かった。しかしそのことと特異な記憶力との関係は分かっていない。

人間の脳は素晴らしい可能性を秘めている例としてプロデューサーはこれらの例を上げたかったようだ。しかし私にはそうは思えなかった。彼らがこれ らの(役に立たない)能力を手に入れるために捨てなければいけなかった能力の大きさを思えば、むしろ、人間の能力の総量は皆同じなのではないか?と思えて しまう。

アインシュタインやモーツアルトがかなり得意な人格であったことはよく知られている。そこから彼らは自閉症またはアスペルガーではなかったのか? と言う人もいる。もちろん精神的な障害はどちらかに画然と分かられるものではなく、多くの中間領域がある。彼らが自閉症またはアスペルガーに近い障害を 持っていた可能性は否定できない。しかしこのことは彼らの業績に汚点を付けるものではなく、むしろ彼らの偉大さを証明するものではないかと思う。というの も多くのサヴァンと違って、彼らの業績は確かに我々の実生活を豊かにしているからだ。例え彼らが多少普通人と違った人格を持っていたとしても。

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北京五輪に関する記事

産経新聞の古森 義久氏が面白い記事を書いている。「「非難」も集う北京五輪――中国の誤算」 http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/78/index.html である。

一部引用すると、
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自国へのオリンピック誘致に必死となった中国政府は、国際オリンピック委員会に対し「人権の改善」のほかに「環境の保護」「自由の回復」などを条 件として誓約したのだった。その誓約が北京での2008年の開催の栄を勝ち取ったわけだ。ところがこの誓約は明らかに実行されなかった。だから、いまやこ れらの誓約が人権擁護勢力に中国非難の根拠を与え、各方面から北京に向かってブーメランンのように襲来しつつあるのだ。

中略

全世界の人々の平和と融和のスポーツ祭典であるはずのオリンピックが、北京の開催では中国政府の国際規範に合致しない軌跡をあらためて対外的にさらけ出す展示の場となる危険性も生まれてきたようなのだ。
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本文を見て頂けば分かるが、アメリカ・ワシントンでの中国批判は結構ボルテージが上がっているようだ。北京オリンピックはいよいよ見ものになってきた。北京政府の思惑とは正反対の意味で。対策を打とうにももう遅い。中国にはオリンピックはまだ早過ぎたのだろう。

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トルコ女性よ、落ち着け

先日NHKの「沸騰都市イスタンブール」を見た。興味深かったのはトルコにおけるイスラム教の現状である。

トルコはイスラム教国であったが、80年前にケマル・パシャが政教分離したのはご承知の通り。しかし、先年トルコに行った時にはガイドが「汚職が 多い」と嘆いていた。NHK番組でも、国有地を不法占拠した住宅の取り壊しを扱っていたが、不法占拠自体はよろしくないが、その処置は真に官僚的な冷たい もので、これでは下層に政府に対する憤懣が蓄積するのは当然だと思えた。

ケマル・パシャは政教分離を憲法で定め、しかもその条文の修正はできない、と憲法に明記した。今起っている運動は、この憲法を改訂し、イスラム教を国教に定め、イスラム教専制を復活させようとするものだ。

もともとトルコはイスラム教国であったので、国民の大多数は今もイスラム教徒である。政治から切り離されたイスラム聖職者に不満が溜まっていたこ とは容易に想像できる。しかし、イスラム聖職者に政治権力を持たせようとする一般大衆の存在は理解に苦しむ。しかし最近の選挙で、イスラム教の政党が議会 の多数派を占めることになった。

最も理解しにくいのは、この運動が女性のスカーフ着用問題をきっかけにしているらしいことだ。先ず大学でのスカーフ着用を認める法律が議会を通 過、これに対して裁判所が違憲判決を出すとこれに抗議する大型のデモが各地で頻発している。これに多数の女性が参加して気勢を上げている。

私はここで分からなくなる。

イスラム教は女性を差別しているのではなかったか?

最初は着色されたスカーフを許可しても、イスラム教が力をつけるに従って、黒一色に制限されて、そのうち、目だけしか出せなくなるのではないか?トルコ女性はそんなことを本当に望んでいるのか?

女性の教育も制限しているのが普通のイスラム教国ではなかったか?現在は大学への女性の入学が許されていて、それが当たり前で何時までも続くと思っているのだろうが、大学入学が禁止されることは絶対にないのか?女性の高校への進学が、これからも本当に保証されているのか?

私にはトルコの女性が余りにも無防備に見える。イスラム専制の恐ろしさを知らないのではないか?

これはトルコ女性の自滅行為ではないのか?現在の政治に対する不満に目を奪われて、さらに大きな不幸を呼び込もうとしているのではないか?

イスラム聖職者やその取り巻きが、政府に対する民衆の不満を自分達の利権拡大に利用しようとしているのだとすれば実に卑劣な動きだが、迂闊にその扇動に乗るトルコ女性ももう少し慎重になれないのだろうか。

しかし、何といっても先決は、トルコ政府が現在の腐敗を根絶し、社会保障を充実させて一般大衆の不満の原因を解消させることであろう。そうしなければ、EU加盟も実現しないだろう。

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