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2008年6月

[書評]蒼穹の昴 浅田次郎

浅田次郎さんよく勉強したなぁ、というのが第一印象。そのために実に内容が濃い、面白い小説になった。時代は中国清朝末期。日清戦争前後。

表面的な主人公は一応、宦官春児と官吏登用試験を一位で突破する梁文秀と言うことになるが、真の主人公は恐らく西太后(清朝末期の実力者・女性) であろう。彼女については色々おどろおどろしい噂があるが著者は一切取り上げていない。大変複雑で魅力的な女性として描いている。

印象的なのは、宦官の実態と科挙(官吏登用試験)を赤裸々に書いていることだ。私はこの本で始めてその実態を知った。これを知るだけでも一読の価値がある。

春児と梁文秀にはモデルがあるようだが、小説とはモデルとはかなり違っているようだ。純粋に小説家による創作と思ってよいだろう。一方実在した人物も出てくる。曽国藩、李鴻章、袁世凱、等。しかし、康有為の名は私は知らなかったが実在の人物のようだ。

清を作ったのは現在の東北地方を根拠地とする、女真族または韃靼族と呼ばれた騎馬民族である。当然文字も文化も中国とは異なる。例えば辮髪は彼らの習俗であって、中国の習俗ではない。このような、韃靼文化と中国文化の違いが克明に書いてある。これからすると現在の中国政府が異民族・清の領土であったチベット・ウイグル・(内)モンゴル・台湾を「中国固有の領土」とするのは、ご都合主義としか思えない。

さて、この小説の内容を一口で言えば、清国の「失敗した明治維新」である。清国に比べて日本は幸せであった。しかし日本の現在の政治家、経営者がその幸運に感謝しているようには見えない。不幸なことだ。そのことが日本の将来を暗示しているように感じる。

終わりの方で少年時代の毛沢東が出てくるのは作家のお遊びかサービスか?

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発達障害の子どもたち 講談社現代新書 杉山 登志郎

以前から「自閉症」というものに興味があった。「一体何なのだ?」というだけの興味。身近に該当する子がいないので、接したことがない上に何か大変変わっていて理解できない。そこでこの本を読んでみた。

なるほど、知らなかったことが色々書いてある。大変ためになった。

1.遺伝子と環境の影響の度合いを統計的に調べた研究がいくつかある。それによると、
成人における軽犯罪の発生率は生物的な素因の方が圧倒的に高い(スエーデンの3歳以前に養子になった男子862人にの調査結果)。
非行の罹病率は生物的素因の方が環境因よりも圧倒的に高い(オーストラリアの一卵性双生児と二卵性双生児2682組の調査結果)。

つまり、軽犯罪や非行の経歴がある人との間に生まれる子どもは危険だ。(これを差別と思う方はどうぞご結婚ください。自己責任で。)

2.少年非行を犯すものの中で知能が正常なものは少なく、殆どがIQ70~IQ84(これを境界知能と言う)である。彼らは学習が遅れている場合が多く国語力が足りないために内省力が不足し、悩みを保持できないためであると思われる。
わが国では14%の子どもが境界知能であるが、これは小学校時代の指導によって改善可能である。知能指数は固定的なものではない。

3.自閉症
(1)自閉症の症状は次の3つ。社会性の障害、コミュニケーションの障害、想像力の障害(ここから「こだわり行動」が生まれる)。
(2)逆転バイバイ
乳児期の後半から子どもは「バイバイ」と手を振る。自閉症の子どもも「バイバイ」をするが、それは掌を自分の方に向けている。これは人の「バイバ イ」を機械的に真似しているからであって、人の体験に自分の体験を重ね合わせることができないからである。同じように、ミルクが欲しい時に「ミルクが欲し いの?」と疑問文で自分の要求を表現する。これも周りから「ミルクが欲しいの?」と聞かれる事を機械的に真似した結果である。

4.アスペルガー症候群
知的障害を持たない自閉症グループのことで、高機能広汎性発達障害とも言う。著者は自閉症と区別することは難しいと言っている。アスペルガー症候群が有名になったのは、多くの不可解な殺人事件による。(例えばレサーパンダ帽を被った青年による女子大生通り魔殺人)

アスペルガー症候群の子どもは集団行動が取れない。したがって小学校に入った時点で問題を起こすようになる。また愛着の形成が遅れるので、虐待を 招きやすい。不登校から引きこもりになることもある。性同一性障害になる子どももいる。対人関係の仕事に就くとうつ病になることが多い。工場労働者になっ た者は安定している。迫害体験も多い。

母子ともにアスペルガーの治療を受けるようになることも稀ではない。これは子どもが治療を受けている内に「私もそうではないか?」という申し出でがあって母親を診断した結果である。

早期治療を受けた方がそうでない者よりも、青年期の適応が明らかに良好であることが認められている。

5.ADHD(注意欠陥多動性障害)
その症状は、多動、不注意、衝動性であり、今日本の学校はどこでも他動児で溢れている。

多動児は愛着形成の遅れ、叱りすぎによる自己イメージの悪化、大人に対する反抗、を呼びやすいが、8割で薬物療法が有効である。また、おだてまくる必要がある。

6.子ども虐待
虐待やネグレクトを継続的に受けた子どもは衝動や怒りのコントロールができ難くなる。そしてADHDと同様の症状を示しやすい。さらに、一般的な発達障害よりも子ども虐待の方がより広汎な脳の発達障害をもたらす。

このような虐待を受けた子ども達の治療に際しては、子どもが安心できる安全な環境に移すことが最重要なのだが、日本ではこれが満たされていない。 保護された被虐待児の8割が虐待された家庭に帰されている。これは保護する場所がないのでやむを得ずそうしているのだ。しかも日本では多人数の児童を収容 する養護施設しかない。これは先進国では日本だけに見られる特異例である。

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地獄のドバイ、峯山政宏、彩図社

面白かった。

著者は北大理学部大学院中退、海外ですし屋をやりたくて寿司職人の学校に行き。ドバイに行く。寿司職人としての就職口はなく、伝手を頼って地元の肥料会社に就職する。しかし、その会社はある日突然閉鎖。彼は当然(?)クビ。

ところが、彼の就業ビザはこの会社で働くことが前提になっているので、会社をクビになれば、ドバイの法律では不法滞在になってしまう(!?)。当然(?)彼は逮捕。即刻刑務所に収監。そして彼の地獄のドバイ刑務所生活が始まる。

無実であることを訴えても英語が通じない。外部に連絡できないので、ドバイの知人は皆彼が日本に帰ったと思っている。テレホンカードの所持が許さ れていることを知らなかった彼は、2週間に一回使用できる公衆電話に殺到する囚人からテレフォンカードを強奪し、日本大使館に電話して不法に収監されてい ることを伝える。大使館は驚いてすぐ動いてくれた。彼は翌日釈放され、日本に帰国できた。刑務所生活4日間。

アラブ首長国連邦では地元ペドウイン人は20%で残り80%は出稼ぎ外国人。ペドウインは貴族で外国人は奴隷扱い。金ができても人間の品性が俄かに高くなるわけではないのはお隣の自称大国と同じ。

参考になります。ご一読を。

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モンゴル旅行記

       

1.モンゴル国と中華人民共和国内蒙古自治区

モンゴルは清(1644 年―1912年)に征服されたがその統治は間接統治であった。1911年の辛亥革命とともに清から独立した。内蒙古はこれとは別の政府を作っていた。 1947年中国共産党は内蒙古自治区人民政府を作り、中国領であるとした。その後中国政府は内蒙古自治区への漢民族の移住を奨励した結果、現在この地区の 漢民族は約80%となり、モンゴル族は20%を切る少数民族となっている。義務教育では中国語が教育され、モンゴル語はモンゴル族の家庭で用いられている だけだが、中国語教育の普及により、家庭内での意思疎通が上手くできなくなっているとの話もある。

    一方モンゴル国は中国から遠ざかってソ連に近づいた。そして文字としてモンゴル文字を捨ててロシア文字(キリル文字)を採用した。    

2.モンゴル旅行    

私は、2001.06.06~06.20の2週間、モンゴル国を訪ねた。その時のことを書いてみる。 

街中にはまだレーニン像が健在であった。後ろの建物はウランバートル・ホテル。

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トランバイ(トロリーバス)が走っている。旧共産圏では普通。

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モンゴルでは記念碑をカメが背負っていることが多い。 

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レスリングが盛んなのはご承知のとおり。

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歩いていたら母子像があった。日本なら鬼子母神と言った所。どうやら保育園だったようだ。

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メインストリート P6070012

   

ラマ教(チベット仏教)の寺院

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中に入ってみる。 P6070017    

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狛犬がある。

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お堂もある。中にも入ったが撮影は遠慮。

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象さんもいた。 P6070023    

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中国語、モンゴル語の2ヶ国語表記。さすがにロシア文字(キリル文字)表記はない。

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案内してくれたお姉さん。お世話様でした。
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ウランバートルから東へ。飛行機でチョイバルサンまで飛んだ。これがチョイバルサン空港。 P6080032  
 

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チョイバルサンの町では丁度高校の卒業式だった。 P6080037    

   

しかも偶然同行していた人の妹さんの学校。 P6080038    

   

その内、男子と女子で踊りだした。なんとなくソ連時代を偲ばせる。 P6080041    

   

町を出ればそこは砂漠である。我々のテントは用意されてなくて野宿。

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夕暮れ。

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今度の冬は大雪で家畜に大きな被害がでた。凍死した羊の屍骸。

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これは馬か?

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ボイル湖。

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夕食の後の宴会。モンゴルの歌は豪快である。

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朝食の時に突然少年が来訪。

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馬はこうやって縛れば逃げられない。 P6100076    


   

大地に横たわる仏様。

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日本人の建てたノモンハンの慰霊碑。地元の人はちゃんと手入れをしてくれているようだ。

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同行者達。

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草原のパーキングエリア。食堂をやっているゲル(パオは中国語)が並んでいる。我々もここで昼食。

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子供達が遊んでいた。

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小川があった。

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ウランバートルのホテルに戻ってきた。フロントの女性達のおすまし顔。

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ゴビ砂漠に向かって南下。

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丘のふもとのゲル。

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運転手の子供達も乗っている。

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運転手のゲル(ダランザドガド)に到着。今夜はここに泊まる。

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女性達がボーズ(肉団子)を作ってくれている。手伝いは許されない。

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楽しい食事。

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羊の毛を刈っているのは交番のお巡りさん(あるいは警察署長)。彼に国立公園入場許可を貰う。

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羊に水をやる。

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これが交番(警察署?)パラボラアンテナで本署に連絡する。

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向こうでは雨が降っている。

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突然現れた砂丘。

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登ってみる。

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砂丘の下には水が流れている。

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水があればカエルもいる。

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砂丘の夕暮れ。 P6160144    

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今日はここで泊まる(テントが借りられたので野宿ではない)。

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ラクダが通る。

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ヤク?

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運転手の住む町に戻ってきた。

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再びウランバートルを目指す。
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突然雹が降りだした。

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帰り道に迷わぬようオボを積む。ウランバートルはもう近い。

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3.
    14日間、3200キロの旅でした。日中40度、夜間5度の世界。    

   モンゴルの人たちは中国人が大嫌い。「何回も騙されている」と言います。中国内蒙古も嫌い。「中国化しているから」と言う。モンゴル人が再統一することは、中国政府はもちろん大反対で弾圧するでしょうけど、これでは無理なように思えました。同じ民族なのに不幸なことです。    

   

現在モンゴルは地下資源の宝庫として注目されています。この頃よりはかなり賑わっていることでしょう。それが草原の民にとって喜ばしいことかどうか?難しい選択に迫られています。


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